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古書往来
44.鴨居羊子の絵とエッセイに魅せられて
─ 画家、鴨居玲とともに

話は前後するが、私は今年になって心斎橋の旧いおしゃれなビルの中にある古本屋、「ベルリン・ブックス」を初めてのぞいた折、『型録 ミス・ペテン ─ 鴨居羊子の世界』(2004年、恵文社)という横長の小冊子を見つけた。
これは奥付によると、京都、恵文社のギャラリーで催された「鴨居羊子・細江英公 ミス・ペテン展」を記念して発行されたもので、鴨居の人形の写真や絵、『面白半分』の表紙絵、チュニカ・ショーの写真などとともに、近代ナリコさん編の鴨居の生涯の紹介、田辺聖子や吉行淳之介らの人物評の再録も載っている楽しい読み物である。何より有難いのは、彼女の全著作がカラー書影とともに紹介されていることだ。近年、早川茉莉さんの企画で『鴨居羊子コレクション』全3巻も国書刊行会から刊行されたようだが、こういう書誌を見ると、やはり元の本を手に入れたくなってくる。

「下着ぶんか論」表紙
「下着ぶんか論」表紙

そんなわけで、ようやく九月に入って天六まで足を伸ばし、「ワイルドパンチ」で気になっていた『下着ぶんか論』(昭33、凡凡社)をやっと手に入れることができた。
これは造本も凝っていて、表紙中央の枠の中に赤色で彼女が描いた下着姿の女性のスケッチが貼り込んである。本文には写真家、岩宮武二が撮ったモデル女性の写真が沢山載っており、カラーも四点ある。貴重なチュニカ・ショーの写真も入っていて、これらが前述の小冊子に転載されたものらしい。

ただ、下着店の店頭をチラッと横眼で見つつ通り過ぎるだけでも、多種多様な見せる(魅せる)下着が氾濫している現在から見れば、それらの写真もいささか旧さを感じさせる。しかし、当時の読者はこの程度でもドキドキしたことだろう。
本書は書下しで、彼女の新しい下着観を主に世の女性たちに向けて提示し、啓蒙しようと、気負っていささか理屈っぽく書いたせいか、吉行氏も書いているように「公式的な、人間の体温の感じられぬ意見のような気がする」といった内容のようだ。ようだ、というのは、私もまだ本書はパラパラと写真や文字を眺めたりしただけで、じっくり通読していないからである。それにこれ以上詳しく紹介してゆくと、せっかく今まで格調高き(?)文章を綴ってきた私も、単なる好色おやじと誤解されてしまう恐れがある。(実際、そうだったりして・・・?)
ただ、本書で一寸した発見もあった。それは版元の凡凡社が「大阪市南区鰻谷東之町二三」にあり、奥付裏広告を見ると、何と、司馬遼太郎の『白い歓喜天』を出した所ではないか! 他にも、朝日新聞社会部編『趣味の指南役』、朝日記者、相田猪一郎『暴力団』も載っているので、元新聞社出身の人が創った出版社かもしれない。ちなみに『白い歓喜天』(昭33)は司馬さんの第一作品集で ─ もっともその前に、氏は創元社にいた青年2人がつくった六月社から頼まれて十日間程で書き上げ『名言随筆 サラリーマン』(昭30)を本名で出しているが、これは自身で作品年譜に入れていない。─ 以前見た龍生書林の目録で、帯付(文・今東光)で12万円も付いていた代物である。この出版社も短命で終ったようだが、詳しいことは分らない。(情報をお持ちの読者の方は教えて下さると有難い。)

さて、私は吉行氏が「すばらしい出来栄え」と評している『のら犬のボケ』(1958年、東京創元社)もぜひとも読みたく、あちこちの古本屋で集中的に探したが、全く見つからない。そこで、例によって最後の頼みの綱、津田京一郎氏にインターネットでの探索をお願いした。しばらく御返事がなかったので、あきらめかけていた矢先、ある日届けて下さったのが、元本ではないが、新潮文庫に入った『のら犬のボケ・シッポのはえた天使たち』(1980年)であった。小躍りしたのは言うまでもない。すでにこの原稿を書きかけていた時であった。すぐに大車輪で読み始め、「のら犬のボケ」の方は三日程で読了してしまった。

「のら犬のボケ・シッポのはえた天使たち」カバー(新潮文庫)
「のら犬のボケ・シッポのはえた天使たち」カバー
(新潮文庫)

「のら犬のボケ」は、彼女が記者時代の後期、取材などで歩き回った街の途上で出会った野良犬たち、ボケを始め、ジャン、クロ、メリー、三太など13匹の愛すべき犬たちと彼らにかかわった庶民たちのエピソードが、達意の、ユーモアと愛情あふれる文章でスケッチされている。個性的な犬たちの表情や性格が巧みに描かれ、各々の犬との出会いと別れが一篇ごとに短篇小説のように仕上っている。とくに彼らの死による別れの描写は哀切きわまりない。時にナイーブな少女の心がふるえている。彼女は犬と出会うと「プレポリョウ」と言ったり、「シュニマシェール・リィ」といった不思議な挨拶のことばを交し、それで犬と通じ合うらしい。これは私に草野心平の蛙ことばを連想させる。さらにバスの切符売りのおばさんやラムネ、カキ餅、犬捕りも出てきて、戦後まもない頃の懐かしい風俗の証言にもなっている。登場する庶民たちの会話がみな、大阪弁まるだしなのも生彩があって愉快だ。これは、まぎれもなく、鴨居羊子の最高傑作だと思う。本文中に多数挿入された彼女の犬のカットがまた、すばらしい。鉛筆(?)で細かく描き込まれていて、ラフな油絵より私は好ましい位だ。併録の「シッポの・・・」も彼女が飼った鼻吉(一、二代)や猫たちとの生活を綴った楽しい物語だ。この文庫は本当にお勧めである。

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