本文中の写真は入江泰吉、入江宏太郎。奥付に、編集発行、平井勇とある。本文は全国的にも著名な文学者や文化人が毎号10〜12人位、沿線各地にまつわるエッセイを三段組みで2〜3頁ずつ綴っている、楽しい読み物だ。例えば、浜田広介、深田久弥、寿岳文章、中村直勝、足立巻一、家永三郎、佐佐木信綱といった人々が書いている。タイトル横の著者名がすべて自筆のサインなのも興味深い。 詩人の安西冬衛が「沿線処々春」を42号に書いているが、その中で吉野川を鉄橋一つで渡った「下市」という町の土俗的な風格について語っており、その土地の精神記号を、けものと人間の取引場、原始と文明の接合点として捉えるという、いかにもモダニズム詩人らしい文体のエッセイを寄せている。また、33号には松本清張が「大和路の道」を書いている。「私が、九州から奈良地方をはじめて訪れたのは、三十才をすぎてからだった。」と書き出し、「たいていの人は、和辻さんの『古寺巡礼』から入っていくらしいが、私の場合は、当時の飛鳥園というところから発行していた『日本美術史資料』という写真集から興味を覚えたようである。」と続けている。そして、太平洋戦争が始まってから初めて奈良へ行った話や、終戦直後、二度目にリュックを背負って奈良を訪れて歩き、高畑の通りや新薬師寺から春日神社へ抜ける道、薬師寺から唐招提寺への道などが気に入ったことなど綴っている。「道」に着目するとは、さすが清張さん、目の付けどころが違う。 |