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古書往来
41.タイトルにこだわる著者たちの話

五月に自著をようやく刊行し、その後、献本や送本、PRなどで珍しくバタバタしたため、古本のネタを掘り下げる余裕がなかった(言い訳ですが・・・)。それで今回は軽い話題でお茶を濁させていただこう。

しばらく前、ある新聞の書評欄に、数年前刊行された山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』(光文社新書)の大ヒットに続けと、『なぜ・・・・なのか』というタイトルを付けた本がふえている旨の記事が出ていた。オーソドックスな「会計学」の啓蒙的入門書でも、こういう疑問形を使ったタイトルだと読者を引きつけ、手に取りやすいのだという。たまたま、読んでいた出版社のPR誌の中広告にも、『「完」はなぜ「完ぺき」と書くのか』というタイトルの本が目に付いた。おそらく国語学者が非当用漢字の表記への疑問を学問的に解説したものだろうが、一具体例を思いきってタイトルにし、興味を引きつけようとしたのだろう。
一昔前には『他人をほめる人、けなす人』という草思社のベストセラーになった翻訳書から始まった、反対傾向の人の類型を並列させて並べるタイトルの付け方が流行し、こちらの方は現在でもよく見られるやり方として定着した感がある。実は私も、その尻馬に乗ったわけではないが、その頃、編集した書下しアンソロジーに『原稿を依頼する人、される人』(燃焼社)と名付けて刊行した。何かの書評で内容は評価されたものの、タイトルが流行に追随している、といったいやみを書かれた憶えがある。確かにそれに刺激されて思いついたのだが、内容は「依頼する人=編集者、される人=著者」たちによって書かれたものなので、今でも中身にふさわしいタイトルなのでは、と思っている。もっとも、シンプルに「原稿依頼(の話)」とする案もあったのだが・・・。
私は在社中も、編集会議に企画書を提出する際、自分なりに苦心して「仮題」を付けるのだが、よく、題の付け方がへただと言われくさったものである。まあ、コピーライター的なセンスに乏しいのかもしれない。

ここからは古本らしい話に入ろう。
私は昨年、ある東京の古本屋さんの目録で、野口冨士男の角川書店編集部A氏(仮名)宛のハガキが出ており、書き出しの文句の引用によると、どうも出版についての用件のようだったので、注文したら幸い私の元へ送られてきた。
野口氏は私の印象では、渋い、通向きのファンがいる作家であり、私はそれほど小説は読んでいないが、『感触的昭和文壇史』や『作家の椅子』などは読み、出版史の生きた資料として大いに参考になるものだった。また評伝文学では、対象とする作家ゆかりの土地を自身の目と足でくまなく探査し、しだいに謎を明らかにしてゆく手法が魅力的だ。

私は最近、氏の小説集『いま道のべに』(昭56、講談社)を手に入れ、読み始めているが、これも東京の神田、新宿、新橋、高田馬場などの土地を丹念に探索しつつ、自己の青春の軌跡をたどり直すといった自伝的小説で興味深い。
話が逸れたが、このハガキは野口氏の出版のいきさつを示す一資料なので、無断引用で申し訳ないが、全文引用させていただこう。

「いま道のべに」表紙
「いま道のべに」函

「啓、先日は電話で失礼しました。『深夜の記録』という題名については、自分でも何とかもう少し別なものが考えられるのではないかと思っていたのですが、『わが海軍に在りし日は』というのにしてみてはどうかと、思いつきました。もっとも、この題に定着させるとすれば、一度御相談せねばならないのですけれど、思いつきとして、一応お報せしておきたく存じましたので ──。」

野口冨士男直筆のハガキ
野口冨士男直筆のハガキ

端正で、読みやすい字体である。消印は昭和32年3月25日となっている。

例によって手元にある野口氏の文芸文庫の作品年譜で調べてみると、このハガキに一番近い著作として、『海軍日記』が昭和33年に現代社から出ている。内容からいって、この本に間違いないが、なぜ角川書店から出なかったのか、謎である。原稿をA氏に預け、まだ検討中の段階だったのだろうか? ふつうはタイトルの検討は出版も決り、校正も進行中に行われるものなのだが・・・。何か出版社との間にトラブルでもあったのだろうか。
それにしても、最終的に決ったタイトル「海軍日記」はそのまんま、という感じのもので、今から見ると私などは野口氏がハガキで提案したものの方が文学的ふくらみがあって好ましく思われる。出版社の意見に妥協したのだろうか。この本は後に文藝春秋社から復刊されている。そちらを念のため中之島図書館で見てみたが、出版のいきさつなどは書かれていなかった。

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