主人公の郁代は35歳の独身で、女学校で英語を教えている。両親も亡くなり、女中と二人で住んでいる。この女中は孤児収容所で育った満州人の小娘で、知人夫婦が満州から帰国する際に連れて帰り、手不足の郁代を見かねて世話したのだ。小柄で丸っこい、ソバカスをつけた、間の抜けて見える子である。それでも、知人夫婦にしつけられ、とても掃除好きで朝から何回も縁側をふいたりするが、念入りすぎて失敗することも多い。ある日、郁代が学校から帰ってみると、台所の板の間にぺったり座りこんでいる。風邪を引いて熱を出していたので、寝かせて見守っていると、うなされて眼から涙が出ている。郁代は、何か悲しい夢でも見ていたのかと、不憫でならなくなる。そのとき、この間から考えていた女中の淑江(しゅくこう)の新しい名前、「幸子」を思い出し告げると、淑江は「サチコ、サチコ」とニコニコして何度もくり返していた。
ある日、小田原の親戚の叔父に法事で呼ばれ、郁代は女中にピンクのかわいい洋服を仕立ててやり、一緒に連れてゆくが、そこでも意地のわるい視線で扱われる。叔父の話は、そろそろ跡継ぎとして叔母の四男を養子にもらったら、という強圧的なものだった。帰りの車中で、普段無口な淑江は珍しくおしゃべりになり、郁代も彼女に、これからは奥さまと呼ばず、「先生」と呼んでくれと語る。最後は次の文章で終っている。
「淑江への気持ちがこれまでにない親しさで寄り添った。それは、無縁の孤児どうしの頼りあった気持ちにも似ている。淑江の姿をしみじみ見守りながら、これからの先きざき淑江を心の中においた生活の楽しさを思って、郁代は明るい気持がしてゐた。
先刻の伯父の話しは、はっきり断はろうと心に決めた。」と。 |