柴田元幸
翻訳家
「信じがたい芸術的開花のなかでも、いまだその輝きを失っていない最高の傑作群である。」
アメリカン・コミックの素晴らしさを語ろうとすると、「どうせスーパーマン、スパイダーマンだろ」と言われていつも悔しい思いをしてきた。でなければ「まあ『ピーナッツ』あたりはけっこう文学的だよね」とか。
だが、20世紀のあけぼのから1930年代あたりまで、アメリカでは新聞漫画のものすごく豊かな世界が広がっていたのである。1ページをまるまる使った、色も構成もストーリーも言葉遣いも凝りに疑った、時に華麗、時に滑稽、だがつねに心に取り憑くとびきり上級のアートを、読者は人気TVドラマを待つように楽しみに待った。よかれあしかれ、新聞の売れ行きも漫画の質によって左右され、新聞社は人気漫画家の争奪戦をくり広げた。
今回このシリーズに収められた作品は、そうした信じがたい芸術的開花のなかでも、いまだその輝きを失っていない最高の傑作群である。『眠りの国のリトル・ニモ』の<たのしい悪夢>を、『クレイジー・キャット』の叙情的にしてシュールな風景を、『ガソリン・アレー』の日常性と芸術性のあざやかな混じりあいを、グスタフ・ヴァービークの視覚的・言語的アクロバットを堪能いただければと思う。 |