本書はあとがきによれば、「十三年間に書いた百篇余りの作品から、骨身を削る思いで選びとった」作品集で、粒よりの35篇が並んでいる。IV部に分かれており、商売人らしい「取引」「倒産」「張り番」といった一寸珍しいタイトルの作品も含まれる。大部分が、金物店の店先での人間模様や近所の様々な店主たちのもの哀しい人生ドラマを描いた追悼集だが、TV観戦での野球選手のプレイを戦争中の戦闘場面に重ね合わせた暗示的な描写などもあり、各々に余韻が深い。
ここでは、店先が詩人たちの交流の場でもあったという、ほんの一例を示す作品を長いので前半のみ、引用させていただこう。 職業 ─ 衣更着 信さんに ─
昭和十三年の春
「ルナ」発行所のあった
楠町の中桐雅夫のところを訪ね
ことし六月 近代美術館にエルンストがかかったからと
古ぼけたぼくの店まで足をのばしてくれたのが
四十年ぶりの来神だ
「詩人の商売」と題する詩に
── 詩人のする商売は金物屋がよい
と喝破したキサラギさんだが
── 店も主人もまったく想像したとおりだったので却って
びっくりした
という
狭い店のあがりかまちに腰をかけ
塩煎餅をかじりながら
ぶら下った刈込鋏や 出刃包丁を眺めている
彼こそ錬金術師のようで
ただ アブリだしのように
初対面のイメージが浮き出るのを待つしかない
中村氏は他に詩集『不在の証』(蜘蛛出版社)『金物店にて』(日東館出版)『向日葵』(湯川書房)も出している。今後も探求したいものだ。中村氏はもっと全国的に知られていい詩人だと思う。 |