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古書往来
38.モダニズムの画家、六條篤と、詩人、井上多喜三郎

最後に、幸いにも巻末に収められている六條の貴重な「歌・詩・句抄」から、私の気に入った作品を少しばかり引用しておこう。
まず、短歌から。

  • 新しい本の包の糸ゴムが ピチピチはねる 夕暮の街
  • 貝殻が ソット悲劇を話し合ふ 冬の月夜の海岸線は
  • 真白ナ皿ニ季節ノ会話ヲ盛リ しなやかニサシ伸サレルフォークナイフ
  • 帆ノ見エル窓、海ニ開カレテ、朝、窓ニ白クカラーノ点景。
  • ビスケットノ城ノ姫サマ、皿ニ、瀟洒ナ白亜ノ廊下ヲ歩ク音ラ。(以上は合同歌集より)

最初の一首はいかにも本好きな青年像を彷彿させるし、二首目はまさに絵画「岬」を連想させるものだ。
次に、六條の自選歌集『左手の漂影』から引こう。

『左手の漂影』表紙
『左手の漂影』表紙
  • 月亮(つき)は魚の背を渡る 蒼穹(そら)きつて飛ぶ 左手の漂影
  • たたけば真空の少女ら 海藻にまつはる二つの影 化粧した貝殻に一つの神話が始まる
  • どの茎にもらんぷが灯つて 植物の部屋には私の夕餐がはじまる
  • いくつもの人魚はいくつもの楽器をもつ その肉体の窓
「らんぷの中の家族」1933年(奈良県立美術館蔵)
「らんぷの中の家族」1933年
(奈良県立美術館蔵)

この三首目も、絵画「らんぷの中の家族」の歌化のごとくである。(あるいは歌→絵か?)このように、歌と絵画がぴったり呼応しあう芸術家も珍しい。
続いて、『六條篤詩選集』より、煩をいとわず紹介しよう。

       「三等郵便局
風景入りスタンプの中の若い三等郵便局長R氏はいつも海ばかり見てゐる
       ─ 中略 ─
       朝
朝 新鮮なる仕事衣(ブルーズ)を着たM女事務員の愉快なる日課は衣掌した切手の消印である。
切手は貝殻で買はれる、いそいそとお嫁にゆく切手たち。
       昼
お午近くなると二三羽の雌鶏が窓口へもう何時ですかとききにくる
そして急いでお昼飯(ひる)の用意をする
       晩
現金出納日報〆切に際し S女事務員の指頭には銀貨と星と貝殻が撰り分けられる。
最近偽造五拾銭銀貨を行使するものあり、注意を要す。
       法規指令集(第一編郵便第一章引受)
       より
第一種郵便物中に生存したる数匹の螢を封入したるものはその儘取扱差支なきや
差支なし」(以下、略)

これは六條の職場を題材にしたものだが、メルヘンとファンタジーあふれる世界で、ユーモラスでもある。私はこの詩をもとに六條が絵本を作ってくれていたらステキなものになったのに、とも思った。
最後に、『淡水魚』より、俳句を少々。

  • 黄昏の蝶のゆくへや湖白し
  • 本堂の屋根越す蝶や昼の月
  • 咳ひとつ海に消えゆく冬の宿

これらも、安西冬衛の有名な一行詩や三岸好太郎の絵と通底するものが感じられる。最後は余韻を残し、山頭火の世界にも近い。長い引用となったが、おそらく今後も六條の作品が紹介されることなどないと思うので、お許し願おう。
それにしても、詩歌にせよ絵画にせよ、これほどの才能をもっていた人が38歳で亡くなるとは残念でならない。
六條の遺した本に、いつの日かめぐり会えたら、とつくづく思う。

なお、中之島図書館で調べてもらったところ、六條の本は唯一、『左手の漂影』が同志社大学図書館にのみ、所蔵されているとのことである。

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