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古書往来
37.大阪朝日会館長、十河巌の本と、前田藤四郎展と

この三月末〜四月に、久しぶりに私の古本エッセイ集が東京、神田の右文書院から出ることになった。この連載をもとに大幅に加筆し、書下しも五篇程加えてまとめたものである(と、この場を借りてちゃっかり宣伝し、恐縮です)。ただ、古本探索には切りがないところがあって、校正中にも新たな収穫やそれによって判明した事実もあり、できる限り追加して本文に盛り込もうとしたが、それにもタイム・リミットがある。それで、本にどうしても書き切れなかったことを今回は紹介することにした。

「あの花 この花」表紙
「あの花 この花」表紙

一月末に神戸のサンチカタウンで古本展があったので、久しぶりに出かけて行った。一回りして疲れ切ったので(もう歳かなあ・・・・)、お茶を飲んで一休みし、もう一度ざっと見てそろそろ帰ろうかと思った矢先、壁際に並んだ本の一冊の背の『あの花 この花』というタイトルが何げなく目に止まった。
これだけだと何の変哲もない随筆集だろうと思い、見逃してしまったろうが、その下の著者名に「十河巌」とあるのを見て、アッと思い当った。十河氏は、この連載33回で書いた、大阪朝日会館の館長だった人だからだ。早速引き出して表紙を見ると、案の定、副題が「朝日会館に迎えた世界の芸術家百人」となっているではないか。

とすると、朝日会館について書くには必須の文献であるにもかかわらず、これまで、この本の存在すら知らなかったのだから、冷や汗ものである。もっとも、版元も神戸の葺合区にあった、今はないマイナーな出版社、中外書房、昭和52年刊、なので、ずっと気づかなかったのもムリはないかもしれない(と、自らを慰めておこう)。
私は早速、帰りの阪神電車(大学時代、よく大阪へ通った懐かしい電車だ)の中で読み出したら、引きこまれてしまい、ずっと終点、梅田まで読み耽ってしまった。これは、面白い構成の本で、十河氏自身がスケッチした人物の肖像画が一頁大で各々入り、次頁に1〜3頁、横組みでその人物のプロフィールや素顔のエピソード、著者との交友の思い出などが、元、新聞記者らしい達者な筆で書かれている。各々の表題の付け方もさすがに巧い。


まえがきによると、朝日会館の事務所の来客用ソファーには、足場もいいので、芸術文化関係の人たちや舞台に立つアーティストたちがよく訪ねてきて話に腰をすえ、その間に十河氏がその人をスケッチし、サインを一人一人にもらった。その300枚もの中から、序文も書いている友人の小磯良平氏に出来のいいのを100枚選んでもらい、各々に文章を添えてまとめたのだという。
氏は記者時代から絵筆もとり、二科会に属して個展を30回も開いている人だ。もっとも、私が写真や映像で知っている人物たちの、かなり若い時代の似顔絵のせいか、全くそっくりだと思われる絵はそれほど多くなく、むしろその雰囲気や特徴を巧みに捉えたものが多いようだ。逆に、女性の顔はリアルすぎて、もう少し実物より美人に描いてもよかったのに、とフェミニストの私共には思われるものもある。
カバーのスケッチは「桜の園」主演の宇野重吉と思われるが、確言はできない。巻頭には、朝日会館の外観スケッチがカラー水彩で置かれ、最初の10人の肖像もカラーで入っている(辻久子、杉村春子、山本安英など)。

巻頭 朝日会館の外観スケッチ
巻頭 朝日会館の外観スケッチ
カラーの肖像画(山本安英)
カラーの肖像画(山本安英)

登場する人々は10人が外国のアーティストだが、そのうち辛うじて私の知っているのは英国の詩人、エドモンド・ブランデンだけ。あとは多士彩々の日本人で、著名な人を列挙すれば、巌本真理、東山千栄子、笠置シズ子、竹中郁、鍋井克之、宇野重吉、村山知義、東野栄治郎、服部良一、滝沢修、藤原義江、大山晴康、千田是也、徳川夢声、吉原治良、山田耕筰、小沢栄太郎、武智鉄二、小野十三郎、等々。おそらく、今では故人になった人が殆んどであろう(無常を感じるなあ)。私は外国人は飛ばして、知っている日本人の頁を次々読んでいった。

その中から、印象に残った朝日会館にまつわる出来事や人物のエピソードを紹介しておこう。

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