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古書往来
40.年譜未掲の矢田津世子作品を見つける!
─ 花田俊典氏による評伝とともに ─

さて、「愛らしき同伴者」のあらすじを紹介したのは理由がある。
私は昨年、上六の天地書房で、一冊本の『矢田津世子全集』(平成元年、小澤書店)を見つけ定価の半額以下だったので喜んで入手した。それを寝る前に未だに一篇ずつ、ボチボチ読んでいる。(重たいので、仰向けに持って読むのはしんどいなあ・・・)これは今は亡い小澤書店が遺してくれた貴重な出版物の一つだ。本書は矢田の数少ない単行本『神楽坂』『仮面』『花蔭』『女心拾遺』『鴻ノ巣女房』所収の作品を全篇収録し、それに随想、貴重な獄中日記と未発表ノート、詳細な作品年譜を付けた二段組み、750頁の大冊である。ただ、全集と銘打っているものの、実際は選集で、年譜を見ると、単行本未収録の短篇がまだまだ沢山ある。これらを集めてもう一冊、どこかの出版社が出してくれないものかと思う。
私は、前述の作品が年譜に出てこないかと、昭和15年の項を見ていったが、全く見当らない!ちなみに昭和15年は、彼女が肺炎を患い、静養した時期で、一月に『家庭教師』を実業之日本社から、六月に『巣燕』を白水社から出しただけで、新たな創作は「魚歌」と「松本の縁者」があるだけである。いずれにせよ、作品年譜に載っていない短篇を見つけたのだから、うれしくなった。(自慢ですかな?もし研究者の方の御要望があれば、いつでもコピーしてお送りします。)

ふり返ってみると、私と矢田津世子とのつきあいもここ数年来のことにすぎない。(アンタ、恋人か?)どういうきっかけかは例によって忘れたが、どうも私は美人には弱い・・・。彼女が格別の美人で、坂口安吾が短篇「二十七歳」などで描いた、一時期、安吾が熱烈に愛し、複雑な彼女との心理的葛藤の末、結局別れてしまった相手の女性でもあったという、俗っぽい興味から始まったような気もする。

矢田津世子(『思い出の町』カバーより)
矢田津世子
(『思い出の町』カバーより)

彼女のいろいろな写真を見ても、若い頃にせよ、37歳で亡くなったその晩年にせよ(何という短い生涯!)、面長で、穏やかな笑顔をたたえた、きりっとして理知的なその表情は、映画スターになっても通用するような位のもので、安吾が夢中になったのもムリはないと思われる。(原節子に一寸似ている。)

ただ、安吾は後に「ジロリの女」で男にジロリと冷たい一瞥をくれ男をふりまわす知的な女のタイプを描いていて、坂口の角川文庫本の解説者、川嶋至氏は矢田もその一人であったろうと書いているが・・・。


私はその後、ぼつぼつと矢田の作品を読んでゆくにつれ、むろん彼女が外面だけでなく、内面も豊かに成熟した、複雑で洗練されたモダンな女性として、生涯、よい作品を生み出すために必死に奮闘した人なのだと思い知るようになった。全集を読み進んでいる、ごく大ざっぱな印象では、その作品は家族間 ─ 夫婦や兄妹、姉妹、祖父母と孫 ─ や縁者間、さらに戦前らしく妾宅の女性との間の人間関係における情愛、葛藤、嫉妬などの心の機微を丁寧にリアルに描いたものが多く、しみじみした読後感を与える作品が多い。一方、家族の回りの職業人や職人の世界などもきっちり描かれ、社会的視点も欠けてはいない。とくになぜか老人の描写が秀逸なのも印象深い。


私は全集の他、文芸文庫の『神楽坂 茶粥の記』は新刊で買い、古本では今までにわずかに『花蔭』(昭14、実業之日本社)と『女心拾遺』(昭16、筑摩書房、青山二郎装)をいずれも函欠で、『鴻ノ巣女房』(昭17、豊国社)は函付だが再版、を入手している。矢田の単行本は初版、函付だといずれも高価でとても手が出ない。前二冊は全集でも読めるので手離してしまったが、後者は当時、同社で編集者だった船山馨が着物の紋様か何かを函、表紙、扉にデザインした装幀も気に入り、今も愛蔵している。

『鴻ノ巣女房』函と表紙
『鴻ノ巣女房』
函と表紙

さらに矢田の生地、秋田県五城目町教育委員会が出した矢田の貴重な作品集三冊に追加出版された『随想集「思い出の町」』(2004年)も直接注文して送ってもらった。1,600円と手頃な定価なのが有難い。

この本には、口絵4頁に、名古屋時代の宝塚の男装の麗人のような若き日の写真や、家族や知人文学者たちと共に写った写真などが載っていて楽しめる。本文も各々読ませるが、私は犬好きなので、彼女が飼っていたスムース・フォックス・テリア(プッペと呼ぶ)と深い靄の中を散歩に出かけた折の、犬の動きや表情と自身の心情との交錯を綴った「靄・プッペの事ども」など、とりわけ印象に残る。また、これは全集に載っている短い随筆だが、「獣化した男二三」は、女性に向かう男性のタイプを、恋愛技巧のうまい老獪な狐、羞恥心のない野蛮な熊、柔弱な羊などにたとえ、巧みに描き分けた愉快な一文だ。彼女の豊富な男性経験(?)を踏まえた観察がさえている。(安吾はどのタイプだったのだろう?)

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