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古書往来
37.大阪朝日会館長、十河巌の本と、前田藤四郎展と

さらに、原田の森近くには、連載で紹介した、上筒井商店街の古本屋群もあった!
私が以前手に入れた伊丹美術館の前田藤四郎展の図録(1989年)─ これは見に行った折に買ったのか、どうも記憶が定かではない ─ を引っぱり出し、収録の大河内菊雄氏の「前田藤四郎展に寄せて」を読むと、その中で、前田氏は学生時代をふりかえり、「神戸の古本屋で、表現派の特集のドイツの美術雑誌を買ったら、その雑誌の裏に岡本唐貴というサインがあったり、また村山知義とサインの入った本もあった。それを手に入れるのがとてもうれしかった」と語っているのが目に止った。とすると、これは当時、神戸にいた岡本が古本屋に売り払った本かもしれない!そして、その古本屋とは足立巻一が『親友記』で描いた、当時、左翼系の本も多く並んでいたという白雲堂の支店あたりではなかったろうか、といろいろと想像をめぐらすと楽しくなる。

その、まさに前田が見つけたという蔵書の二冊も展示されていたのだ。
その一冊は、エルンスト・トルラーの詩集『燕の書』(村山知義訳、長隆舎、岡田龍夫のリノリウム版画15葉入り)であり、石神井書林の旧い目録にかつて15万(!)で出ていた代物だ。もう一冊は、M・ウェーバー『立体派の詩』(村山訳、サイン入り)である。これらの本からも前田は何らかの影響を受けたことだろう。私は垂涎の思いでそれらを眺め、中をのぞいてみたい誘惑に駆られた。


ところで、なぜ今回、前田藤四郎展を続けて紹介するかというと、展示品を順次見て行った私は、前田氏もまた、朝日会館と関係のあった画家だと分ったからである。
まず、昭和7年3月に、朝日会館で第一線広告演劇聯盟・映画聯盟主催の「純粋広告演劇第一回試演・覗く」が開かれ、「舞台劇の合間に映画を挟んで広告に演劇を導入する試み」が行われたという。その舞台構成を前田氏が担当し、小冊子を作っている。東京の前衛的な「劇場の三科」の活動などに影響を受けたのだろうか。さらに、戦後も、昭和23年、朝日会館で上演されたグランド・バレエ「コッペリア」パンフレットの可愛らしい表紙デザインや同年上演のオペラ「カルメン」のパンフ表紙も展示されていた。とすれば、当然、前述の十河氏とも交流があったわけである。(本には出てこないが)こうして、関西のいろんな文学者、芸術家のつながりが見えてきて、二日とも大いに収穫があった。そういえば、司馬遼太郎がサンケイ新聞の記者時代、前田氏に依頼したカットへのお礼と再依頼のハガキも展示されていて、私は目を凝らして字面をたどったものだ。

前田氏は一時、装幀の仕事もしており、石野径一郎『南島経営』(昭17)、織田作之助『漂流』(昭17、輝文館)、宇井無愁『秋扇帖』(昭18、日進社)大仏次郎『陽炎の長吉』(昭23、大仏舎)が展示されていた。どれも初めて見る本だが、中でも織田作の本など、目録でも殆んど見かけない珍しいものである。 展示を見終り、私は前田氏の画業がこれを機会にもっと全国的に見直されてもいいのではないか、という思いを強くした。(これは、最近高島屋で初の回顧展が開かれた、大正の知られざるユニークな大阪の女性画家、島成園についても同様である。)

最後に、私は本の再校中に、朝日会館から出ていた『デモス』昭和26年7月号を目録で、難波、ふるほんのオギノで、27年3月号を見つけることができた。表紙画はどちらも吉原治良。前者には青山光二の「映画と小説 ─ 『白痴』を見て」が入っており、後者には福田恒存「戯曲における日本的性格」などが見られる。前者はA5判、後者はB5判で、戦後すぐの文庫判大から二度も判型を変えているのが分った。これも本に書けなかったことなので、つけ加えておきたい。


「メリークリスマス大会」表紙
「メリークリスマス大会」表紙

(追記)
本稿を創元社へ送った翌日、大阪古書会館の古本展で、1947年12月、朝日会館で三日間開かれた「メリークリスマス大会」の可愛らしい表紙のパンフを300円で手に入れた。絵柄から見て、前田氏デザインの可能性もある。
同窓生の「たからずかじぇんぬの会」のスター、総勢31名が出演したもので、私の知っている人では、月丘夢路、日高澄子の名が見える。第一部のミュージカルショウ「明ける新世界」は企画が白井鉄造、作詩、竹中郁、美術が田村孝之介。

第二部、オペレッタ「ホテルタカラジェンヌ」は、作演出、高木四郎、美術が前述の十河巌となっている。中に竹中作詞の「明けゆく世界」の楽譜や第二部の七曲の主題歌の歌詞もザラ紙に印刷されたのが挟んであり、観客とともに合唱したものと思われる。私にも懐かしい「すみれの花咲く頃」も含まれていた。さぞ、楽しい催しだったにちがいない。

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