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古書往来
48.織田作・青山光二らの友情と世界文学社・柴野方彦

「軽みの死者」カバー
「軽みの死者」カバー

私はここまで書いてきて、もう一つ、世界文学社の柴野氏のことを書いた文章があったのでは?とにわかに思い付いた。「そうだ、たしか富士正晴の本にあったぞ!」早速、乱雑に積み上げた古本の山の中から探し出して抜き出したのが『軽みの死者』(1985年、編集工房ノア)である。急いでのぞいてみると、確かに「柴野方彦誄」がある!(私の予感もたまには的中するものです。)

この本は富士さん(氏と書くとどうもそぐわないので以下このように。)と交流のあった14人の文学者たちを各々追悼した短篇小説、ないしエッセイを収めたもので、標題作は久坂葉子とその母を描いたもの。

一寸脱線するが、私の手に入れた本書には裏広告の次頁と見返しに、富士さんの死亡記事や毎日新聞に載った山田稔氏の追悼エッセイ「生を噛みしがむ」、同、版元の涸沢純平氏によるコラム「軽みの死者」が貼り付けてあった。涸沢氏は、富士さんが、自由に本書を編集させてくれ、「勝手に作りよった」と言って編集者を喜ばせてくれる、ふところの大きな人だった、と著者を偲んでいる。山田氏のは、晩年、富士さんの歯が殆んど抜けても入れ歯にせず、歯ぐきで噛みつづけた姿とその文学への姿勢をだぶらせて綴った味わい深いものだ。死亡記事中の桑原武夫先生の談話には、富士さんが最後の「文人」で、「隠遁」はしていても日本式の「世捨て人」の甘えがなかった、とあり、なるほどなと思う。古本にはこのように時々、旧蔵者がその本の著者の死亡記事などを貼り付けているものが見られるが、美的にはどうも抵抗があってそこまでしなくてもなあ、という感を抱かせることが多い。けれども、この本の場合はそんな付録付きも有難く、得した気分になった。


さて、本題に戻ろう。柴野氏についての一文は14頁分載っている。富士さんのファンはとっくに読んでいるとは思うが、扉野氏の文章には出てこなかったので、せっかくの機会をとらえ、簡単に要約して紹介しておこう。
青山氏の本では殆んど触れていないが、富士さんも柴野氏と同年に三高に入り、生年も同じ大正2年(1913)という。富士さんはすでに京都で野間宏や桑原(竹之内)静雄らと同人誌『三人』を出していた。三高在学中は、織田、青山、白崎は見知っていたが、柴野氏のことは全く知らなかった。彼とは世界文学社時代に出逢ったが、親しいつきあいはなかった。ところが、昭和10年代初頭に富士さんが東京へ出張の折、白崎と会い、三、四回他の友人と一緒に飲み回ったあと、白崎のアパートで一泊した折、彼の詩篇を富士さんに見せて批評を乞われたことを何かのきっかけで思い出し、彼の詩集がまだ一冊も出ていないことに気づいた。そこで、青山氏の助力を乞い、『白崎礼三詩集』をタイプ印刷で作って出した。(その折も青山氏に年譜を作ってもらった。)貴重な詩集だが、むろん私は見たこともない。
思えば、富士さんも青山氏同様、深くかかわった師友や弟子たち、無名の詩人らの作品を世に遺すべく、力を尽した人である。御自身が戦前は弘文堂の京都編集部を経て七丈書院の関西駐在編集員となり(ここで、三島の『花ざかりの森』を企画して出征した!)、戦後は京都の圭文社(あの天野忠も勤めていた出版社!)で倒産まで働いていただけあって、本造りには手慣れたところがあったのだろう。いや、やっぱり人徳か。
その詩集を献呈するリストに、東京在住の柴野氏も当然入っていた。柴野氏は詩集を受取って、本来なら自分たち『海風』の仲間が出してやるべきだったのに、とショックを受け、懺悔の念に駆られ、それ以来、富士さん宅へ長電話をしたり、時々来訪もするようになる。当時の富士さんの日記によると、何か富士さんの本を出させてくれと言ったり、学生運動で相当な不祥事を起した息子のことで、かなり悩んでいたという。奥さんを癌で亡くし、ひとりぐらしだった。富士さんは、柴野氏の印象を「柴野も気性が激しいようなところがある。そしてそのがっちりした体つきの背後に何か暗い幕か霧のようなものをひきずっているような気がする。」と描いている。そのうちに、都立大教授の金関寿夫(※2)という人から連絡があり、世界文学社について一冊本を書くので柴野氏にすすめられ話を聞きたいと言って、1979年10月11日、富士さん宅を訪ねてくる。会ってみると、その顔に見覚えがあり、それが世界文学社にいた旧姓、竹村寿夫で、社がつぶれると仏文学者、淀野隆三がやっていた高桐(こうとう)書院に移り、『アメリカ文学』を編集していた人だと思い当る。

※2 金関寿夫(かなぜきひさお)氏はアメリカ文学者で『パリのガートルドスタイン』や『ナボホの砂絵 詩的アメリカ』など多数の著作がある。
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