創元社の将棋の本

将棋界のまめ知識

あまり知られていない将棋界の仕組みや棋士の本音をQ&A形式で紹介!

【書籍紹介】

将棋界の不思議な仕組み プロ棋士という仕事

青野照市(プロ棋士九段)著 2016年発行

棋界に入ってほぼ半世紀になる著者が将棋界の仕組みや棋士の本音をエピソードを交えながら面白く伝える。将棋界の仕組みがすべてわかり将棋が10倍楽しめるようになる本。書籍紹介ページはこちら>>

※このページの内容は『将棋界の不思議な仕組み プロ棋士という仕事』(創元社)から抜粋、再編集したものです。文章中の段や称号、記録などは、平成28年9月時点のものです。

将棋の世界の棋士とは、棋士の養成機関「日本将棋連盟付属・新進棋士奨励会(以下、奨励会と記す)」を卒業し、四段に昇段した者を「プロ棋士」という。
 通常、奨励会には6級で入会するが、この6級はアマの道場での段位では五等四落といわれる。つまり五段なら入会試験に受かりそうだが、四段だと落ちる可能性が高いという意味だ。
 奨励会には昇級規定、昇段規定があり、それをクリアーして階段を一段ずつ登って三段に到達すると、“鬼の三段リーグ”が待ち受けている。三段リーグの人数は30~40名ほどで、半年かけて1人18局のリーグ戦を戦う。そのうち上位2名のみが晴れて四段に昇段し、棋士となれるのだ。したがって特例を除けば、プロになれるのは年に4人だけということになる。
 四段になれない奨励会員は、基本的に26歳の誕生日で自動的に退会となる。その反面、たとえ中学生でも四段になれば、立派なプロ棋士だ。最近は平成28年10月1日づけで藤井聡太四段が誕生した。14歳2か月で、加藤一二三九段の14歳7か月(当時)を上回る最年少記録である。

現在対局料を公開しているのは、男性棋戦が竜王戦の決勝トーナメントと七番勝負の竜王の対局料のみ。女流棋戦はマイナビ女子オープンの、本戦トーナメント(勝ち星料)のみである。
 竜王戦は名人戦とならぶタイトルで、7つのタイトルのなかで席次1位。全棋士を1組~6組に分け、各クラスの成績優秀者が決勝トーナメントに出場して挑戦権を争うシステムだ。決勝トーナメントの対局料は、6組優勝者の45万円から1組優勝者の190万円までと破格。1組は5名までが決勝トーナメントに進め、1組5位の初戦の対局料でも100万円となっている。もっとも竜王戦は対局料も賞金も最高額だからだが、他の棋戦はそうはいかない。それでも王位、王将などのリーグに入れば、1局数十万円が支払われる。
 また女流のマイナビ女子オープンは、本戦に入ると勝ち星料が1回戦10万円、2回戦20万円、準決勝30万円、決勝(挑戦者決定戦)が45万円で、このほかに対局料も支払われる。

1日制における長時間記録は、平成16年のB級1組順位戦の行方尚史七段―中川大輔七段(ともに当時)戦で、まず深夜1時35分に双方1分将棋まで戦って、持将棋(引き分け)。30分の休憩ののち指し直した将棋は、早朝4時58分に千日手(引き分け)。さらに休憩を入れて指し直した対局が終わったのは、朝9時15分で、翌日の対局がそろそろ始まるという時間だった。
 私の知るかぎりの最短対局は、テレビ棋戦予選のS八段―丸田祐三九段戦。先手のS八段は遅刻して初手7六歩。対して丸田九段は3四歩と突いた。普通、居飛車党の丸田九段なら8四歩と指すところなので、S八段は8四歩と指したと思いこみ6八銀と指した。当然、すかさず8八角成と角をタダで取られ、投了。わずか2分、4手で終わってしまった。

A級の最年長棋士は大山15世名人で、69歳。この記録を破るとすれば、羽生世代の棋士が有力かと思うが、あと20数年A級でいるのは容易ではない。
 また、前述の18歳でA級になった加藤一二三九段の最年少記録も、破るのは容易ではない。これを破るには、中学1年で四段になり、毎年昇級して高校2年でA級に昇級しなくてはならないからだ。誕生日によっては、高校3年でも記録更新は可能かもしれないが。
 羽生善治3冠の通算タイトル数と生涯勝率も、破るのは容易ではない。タイトル数は現在95で、これからまだどこまでのばすかわからないし、生涯勝率0・721も今後多少下がるだろうが、7割を下回ることはないと思われる。若いうちに勝率7割を超える人は何人かいるが、強い相手とあたれば自然に下がり、引退時に6割5分の棋士すら、まだ1人もいないからだ。
 屋敷伸之九段の初タイトル奪取(棋聖位)が18歳という最年少記録も、容易に破れそうにない記録である。また、羽生善治3冠の19歳での竜王位奪取がある。この記録を破るには、高校2年ぐらいでタイトルを奪取しなくてはならない。これもむずかしそうだ。高校生のうちに棋士(四段)になるのすら、かなり大変な時代だからだ。
 郷田真隆王将は、四段でタイトル獲得(王位)という記録を持っている。C級1組に上がると五段に昇段するし、四段から100勝、または竜王戦で連続2年組優勝すると五段に昇段となる規定なので、五段に昇段する前にタイトルを奪取するのは、逆の意味でむずかしい。
 タイトルも1棋戦にかぎれば、大山の名人18期や、羽生の王座20連覇も、抜きがたい記録だ。女流棋士でいうと、清水市代六段の女流タイトル43期も大記録。里見香奈は現在1 8期である。
 そして最年長現役棋士は、丸田祐三九段の77歳。加藤一二三九段もタイ記録が確定している。私が狙える記録は、ここだけである。

棋士は対局がいちばんの公務であるが、将棋の普及・発展のため、さまざまな仕事がある。仕事の内容は、講演、タイトル戦の立ち会いや解説者としての出演、将棋まつり(デパートなどの)での席上対局や指導対局、アマの将棋大会の審判、イベント出演、将棋教室の講師、原稿の執筆や単行本の出版などである。
 めずらしいところでは大学の講師を依頼され、堀口弘治七段や勝又清和六段の2人は、東京大学の「客員教授」の肩書きも持っている。堀口七段は英語での指導も堪能である。
 これらの仕事には、日本将棋連盟から依頼されるものが多いが、新聞社関係からの依頼もある。また出版社やファンから依頼されるものもあり、これらはたいてい個人で引き受けている。

平成23年に日本将棋連盟が公益法人を得てからは、ホームページに収支会計報告をすることが義務づけられた。総収入は約28億円と規模は中小企業なみ。その約3分の2が契約金収入だ。
 契約金以外の収入としては、免状や級位認定証の、認定料収入がある。
 東西の将棋会館内にはファンが指せる道場があるし、新宿に直営道場がある。また各種の教室には、子どもの姿が目立ってきた。これらの教室の会費も、いちおう日本将棋連盟の収入だが、普及のため講師陣にいただく会費以上の人件費をつぎこむので、赤字の事業ではある。
 もう1つ、全国の支部会員からいただく支部会費(1人3000円)も、日本将棋連盟の収入である。ただ、支部には格安(全国どこでも1万5千円・税別)で棋士の派遣を要請できる制度があることから、これも普及のための赤字事業だ。
 日本将棋連盟は公益法人だけに、将棋を普及・発展させる義務もあるため、このような黒字にならない事業も多くおこなっているのである。
 そんななかでこの時代、WEB事業はいまも、そして今後とも重要な事業になっている。モバイル中継は、携帯でプロの将棋がリアルタイムで観戦できるし、タイトル戦などはドワンゴのニコニコ動画や囲碁将棋チャンネルが、やはり同時中継をおこなっている。
 販売課も盤駒や扇子を売るだけでなく、楽天やヤフーを通じてのネット上で、体験型の商品(たとえばプロが指した対局室を使い、同条件で指導を受けるなど)も売りだしていくようだ。新しい時代の新しい事業の開拓でもある。

以前はプロになる道は、奨励会に入って卒業すること、この1点しかなかった。奨励会に入っても、26歳までに四段になれなければ、退会。復活の道はなかった。
 この堅い殻を破ったのが、瀬川晶司五段だった。瀬川五段は26歳で四段という壁を越えられずに退会したが、退会後も将棋に対する情熱を捨てずにアマ棋戦で活躍した。アマが特例で出られるプロの公式戦、特に銀河戦でプロを次々と破る活躍をし、プロと同等以上の力があることを世間に知らしめたのだった。
 これを見た当時の米長邦雄(故人)会長が、特例で瀬川アマにプロとの昇段試験を提案。プロと6局指して3勝すれば、フリークラスの四段という試験に見事合格した。
 瀬川四段の誕生を機に、日本将棋連盟はアマからプロを目指す道を2つ定めた。
①アマの全国大会(アマ名人戦、アマ竜王戦、赤旗アマ名人戦、支部名人戦など、対象棋戦は6つ)に優勝した人は、年齢に関係なく、三段リーグに編入試験を受けることができる。
 試験は奨励会の本番のなかに入り、二段クラスと8局指して6勝すれば合格。ただし三段リーグは4期までしか在籍できず、勝ち越しても延長規定は適用されない。二段へ降段は退会。
②アマが参加できる公式戦で、10勝5敗の成績なら、フリークラス入りの試験を受けられる。

将棋を指す子どもは頭がよくなるというのは、私自身「イエス」だと思っている。昨今、子どもの将棋ファンが増えたということは、本人がやりたいだけでなく、自分の子に将棋をやらせたい(少なくとも他のゲームよりは)と思う親が多くなっているためでもあると思う。
 私のまわりにも具体例は山ほどある。静岡の師匠、故・廣津久雄九段がやっていた自宅教室に、私もたまに手伝いに行っていたが、そこに来ていた子は東大はじめ、みんな一流大学に入っていった。また、将棋の強豪校として有名な、藤枝明誠高校(中高一貫)のレギュラー組は、やはり京大や浜松医大のような一流大学に進学した人が多い。
 奨励会に入った私の弟子や弟弟子のなかにも、奨励会をやめてすぐ、慈恵医大や東大に一発で合格した人もいたし、早稲田大学に行って、在学中に司法試験に受かった人もいる。
 ただそういう人は、「もともと考えるのが好きで頭がよいから、将棋が強くなったのではないか」「奨励会をやめた人が全員、一流大学に行けたわけではないでしょう」「科学的根拠はあるのか」と言われれば、私は脳科学者ではないので、論理的に説明することはできない。
 確実に言えることは、将棋を指す子は礼儀作法がよくなり、集中力は増す。北京のお母さんに、「答えの出ないものを考える能力をつけさせたい」と言われたことが忘れられない。

将棋のファンが多い年代層は、少年と定年世代とよくいわれる。昨今、この少子化時代に子どものファンが多いのはありがたいことだ。ただ社会に出るといそがしく余裕がなくなるのか、若い人が大会などの目立つ場所に来なくなるのはたしかである。
 しかし、インターネットでドワンゴ社がやっているニコニコ動画を見ているファンは、30歳代がいちばん多いそうだ。たとえ大会に足を運ばなくても、電車のなかや会社でも、ネットで見られるなら見たいというファンは多いことがわかったのは収穫である。
 さて、すでに退職したり退職が近くなって多少余裕ができると、将棋に戻ってくる人は多い。新たにやってみたい人も多いと聞く。頭を使う趣味は、昔からひじょうによいといわれている。
 そのほか将棋には、年代を越えて交流ができる、勝負ができるというすばらしさがある。70歳のおじいちゃんと小学生の孫が、将棋盤をはさめば対等の立場で遊べるのだ。大会などで60歳くらい差がある小学生と対等に勝負ができる競技など、まずどこにもないのではなかろうか。

現在、女流棋士になるには3つのルートがある。ほとんどの女流棋士が通るのは、日本将棋連盟が運営する「研修会」(男女混合)に入り、そこで上がっていくコースだ。
 研修会はSクラスをトップとして、ついでA1、A2、B1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2、F1、F2、Gとあり、合計14クラス。この研修会でC1クラスに昇級した時点で、女流3級の資格が与えられる。ただし、研修会に入会からの対局数が48局以上であることが必要で、48局に満たない場合は満たすまで研修会に在籍が必要となる。在籍中にC2クラスに落ちた場合は、女流3級は取り消しである。
 もっとも女流3級は、女流棋士としては仮入会の状態。女流3級から2級へは、①年間で参加公式棋戦と同数の勝ち星をあげる、②2年間で参加公式棋戦の4分の3以上の勝ち星をあげる、などの規定をクリアすれば、正式な女流棋士となる。
 2つ目は、アマがプロの女流棋戦に出て、いきなり「本戦ベスト8」に進出した場合は、3級の仮会員の申請(資格取得日より2週間以内)をすることができる。
 最後の3つ目は、女性の奨励会員が奨励会を退会し、女流棋士を申請する場合である。

もっと詳しく知るには……

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