37.「人に優しく……AC〜♪」

計画を立てたり、帳簿や家計簿をつけるのが苦手……
忘れっぽい……
片付けが苦手で、机周りや引き出しがすぐに散らかる……
時間の管理ができない……
遅刻や準備不足が多い……
転居や転職が多い……

講演会用の資料を作っていたら、なんだか当てはまる項目の多いこと、多いこと……。以前は他人事のように思っていたから気づかなかったが、いざ自分の身の回りを振り返って考えてみると、何のことはない。大人の発達障害って、要するに自分のことじゃないか。齢五十になって気づくADD(注1)。本当に自分のことって分からない。こんな心理学の教員に習っている学生たちも気の毒なことだ、とつくづく思う。でもまあ、自分のことはさておいて、人さまのことを考えるのが臨床心理学だから……なんて自分に言い訳をして、さらに講演会の資料づくりをする。

ADDの人が心掛けるべき対策、というのを読んでいるうちに気づく、これまでやってきた自分の努力。なんだ、ふだん自分がやってることじゃないか。約束や予定はすぐにメモに書き留める、取り決めたことはメールや電話で再度の確認連絡をしてもらう、書類はクリアフォルダーに色分けして分類する、机の周辺の片づけは定期的に……。自分が発見した工夫を改めてこと挙げされると、何だかくすぐったいような、誇らしいような、妙な気分になる。それにしてもこれって、この齢になると誰もがやってることなんじゃないだろうか……。

思い起こせば、仕事や書類が処理能力を超えたころから始めた様々な工夫は、ADDの人たちに求められる工夫でもある。老い支度と発達障害の対策は、かように通底しているのだ。バリアフリーだのユニバーサル・デザインとはよく言ったもので、「老い」もまた障害の一つの形。目が見えなくなる、手足が不自由になる、記憶力が落ちて偏屈になる……障害者に優しい施策は老人にも優しい、老人に優しい施策は障害者にも優しい……つまるところ、人に優しい。

東北関東大地震が起こって、今度こそ、本当に今度こそ、モノから人への政策転換が起こって欲しいと切に思う。阪神大震災の被災者として、思い起こすことも言いたいことも山ほどあるが、繰り返されるAC〜♪の音色に文句をつける前に、当たり前の日常を当たり前に送れることのありがたさを噛みしめて、人に優しい社会を目指したい。そんな社会を次世代に繋ぎたいと、こんな時代だから、こんな歳になったから、近頃とみに思う。

注1
ADD:注意欠陥障害(Attention Deficit Disorder)=発達障害の一つで、注意欠陥多動障害(ADHD)のうち、多動性が目立たず不注意が優勢なもの。