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※2013年8月刊行『子どもの本100問100答』(一般財団法人大阪国際児童文学振興財団編)より抜粋
(2024.8.15更新)
『ハイジ』『小公女』『トム・ソーヤーの冒険』など、長年読み継がれてきた児童文学のなかには、親のない(または保護を失った状態にある)子どもを描いたものが多くあります。ジェリー・グリスウォルドは米国の古典児童文学の多くが孤児という状況設定を用いていることを指摘した上で、その背後に幼児期から児童期への移行に伴う情緒的な不安やアイデンティティの獲得という共通の課題を見出しています*1。日本の創作児童文学の始まりとされる巖谷小波『こがね丸』もまた、孤児となった主人公が親の敵討ちをする物語でした。孤児物語は児童文学の基本的なタイプの一つと言えるでしょう。
子どもは大人の保護を必要とする存在です。逆から見れば「自分の思いどおりに生きていけるわけではありません」し、「与えられた居場所で生きる」ことを強いられた人々ともいえます*2。それだけに、子どもだけで生きていくという状況設定は、多くの子ども読者にとって現実ではかなえられない夢や願望であるでしょう。他方、本人が望まないにもかかわらず子どもだけで生きることを強いられるとするなら、それはまちがいなく苛酷な状況です。それゆえに、孤児ないし孤児的な状況を描く本には一種の理想郷を描いた楽しい作品と、困難に直面しながらサバイバルしていく作品とがあります。一つの作品が両方の側面をもち合わせることも珍しくありません。
スウェーデンの作家、アストリッド・リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』*3シリーズもまた孤児の物語です。幼いころに母親を亡くし、船乗りだった父親も行方不明のピッピは、町はずれの古い屋敷「ごたごた荘」に1人で住んでいます。大金持ちで怪力の持ち主、学校にも通わず誰の命令にも従わないピッピは、子どもにとって今なおあこがれの存在でしょう。
ロバート・ウェストール『海辺の王国』*4には空襲で家族とはぐれた後、放浪生活のなかで両親や兄弟のことを次第に忘れ、やがて出会った人物と新しい家族をつくろうとするハリーという少年が登場します。ハリーは戦時下という苛酷な状況を生き延びる子どもであると同時に、一時的にではあれ自分の意思で家族を選ぶチャンスを手に入れた子どもでもあります。ここに1でふれたような二面性を見ることができます。
子どもと大人との関係が変化するなかで、孤児物語の系譜は多様化、拡張化しながら現在にいたっています。『たまごやきとウインナーと』*5では、育児放棄されて2人きりでくらす幼い兄妹が描かれます。作中には親が家にいない理由が明示されていません。毎日の食卓が淡々と描写されることで、逆に兄妹が直面しているきびしい状況が浮かび上がります。児童虐待をとりあげた作品などは、きびしい状況下を自らの力で生き抜くという点で「現代の孤児物語」と捉えることもできるでしょう。
養護施設と里親の家を転々とする『トレイシー・ビーカー物語』全3冊*6や、『ミンのあたらしい名前』*7などは、親子や家族の意味を考えさせる物語です。また、過去を舞台にした『ウィロビー・チェースのおおかみ』*8は、親の庇護がないゆえに、子どもたちが才能や生きる力を発揮して、「悪党の大人」と対決する痛快な物語です。
子どもは成長の過程でさまざまな困難や試練にぶつかります。そして、周囲の人々に助けられながらも、自分の力でそれらを乗り越えていかなくてはなりません。そのような局面で、フィクションのなかでサバイバルする子どもたちの姿は大きなはげましや共感の対象になるでしょう。グローバル化や高度情報化が進行し、社会のありようが見定めにくいなかで、サバイバルという主題はますます重要性を増していると考えられます。
*注1.ジェリー・グリスウォルド『家なき子の物語』遠藤育枝他訳、阿吽社、1995 *注2.ひこ・田中『大人のための児童文学講座』徳間書店、2005 *注3.大塚勇三訳、岩波書店、1964、1988改版 他 注4.坂崎麻子訳、徳間書店、1994 *注5.村中李衣作、偕成社、1992 *注6.ジャクリーン・ウィルソン作、稲岡和美訳、偕成社、2010 *注7.ジーン・リトル著、田中奈津子訳、講談社、2011 *注8.ジョーン・エイキン作、こだまともこ訳、冨山房、2008他
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