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古書往来
57.編集者、松森務氏の軌跡を読む ─ 白鳥書院から平凡社への道 ─

(追記)
今回、登場した茂田井武については、名前だけは知っており、何かの雑誌で一寸カットを見たことがある位で、その作品の全体像が全くつかめなかった。そこでかねてから茂田井のファンと聞いていた長年の画家の友人・大渕美喜雄氏に尋ねたところ、現在手に入れやすい本として、『セロひきのゴーシュ』(福音館書店)と、”想い出の名作絵本”『茂田井武』(河出書房新社)をすぐに教えてもらった。早速梅田の旭屋へ出かけ、前者を見つけたが、後者は在庫がなかった。それでいつものように津田氏の手をわずらわし、ネット検索をお願いしたら、福岡の書肆幻邑堂で新品同様の在庫があるとのこと、早速注文して入手した。

「セロひきのゴーシュ」表紙
「セロひきのゴーシュ」表紙
「セロひきのゴーシュ」挿絵
「セロひきのゴーシュ」挿絵

『セロひきのゴーシュ』は茂田井氏が1956年11月、48歳で亡くなる年の3月に描き上げた賢治童話の挿絵本。賢治の世界と見事に共鳴しあう<画文共鳴>(木股知史氏の言う)の傑作である。あとがきの解説を、これも今回出てきた瀬田貞二が書いている。氏は、賢治と茂田井の共通性にふれ、どちらも三十歳をすぎてから、その芸術を深化させ、大成を待たずに夭折したといい、「その表現は素朴で率直でユーモラスである点でまことによく似ている。」と指摘している。
本書の奥付をみると、1966年に新装版が発行され、2007年発行が76刷!を数えているから、一年に二度位増刷されている大ロングセラーだ。(ついでながら、昔、古本で函がイタミ本を手に入れた短篇集『風の又三郎』(昭14、羽田書店)所収の「セロひき−」に添えられていた小穴隆一の挿絵もなかなか雰囲気があるものだった。)

河出の本は、多くのカラー作品がぎっしり詰まった、茂田井ワールドへの入門者にとっても格好の、手頃な内容だ。戦後の懐かしい『キンダーブック』や絵本の数々の挿絵、戦前のパリ時代の画帳や「退屈画帳」「無精画帳」といった一冊切りの画帳の作品……。セピアや深いブルーの色調で、夢と記憶の中の懐かしい世界に私共を誘ってくれる。その多くが童心の世界を描いているが、大人にとっても充分魅惑的だ。私も一ぺんでファンになってしまった。(気づくのがおそいなあ!)

「想い出の名作絵本 茂田井武」表紙
「想い出の名作絵本 茂田井武」表紙

うれしいことに本書にも、山本夏彦氏の書下ろしエッセイがはじめに載っている。二人がパリで再び出会ったのが茂田井23才、山本16才の時だった(前述と少し違うが)。そのいきさつは『無想庵物語』に書いたという。その文の最後に、山本氏は、自身が執筆活動を始めたのは彼の死後数年たってからなので、自分の書いた本を彼に一冊も読んでもらえなかったのは未だに遺憾だと締め括っている。その山本氏もすでに亡い。
茂田井氏の詳しい生涯については本書に広松由希子さんが書いているので、参照されたい。本稿と関連するところでは『子ども雑誌』1947年5月号に載った白黒の絵物語「オレンジの夢」が見開きで紹介されている。また『子供雑誌』1948年新年号の茂田井の表紙も小さく出ている。小川未明『月夜とめがね』の表紙の装幀原画も素晴しいので、この二つの再掲をお許し願おう。

「子供雑誌」表紙
「子供雑誌」表紙
「月夜とめがね」装幀原画
「月夜とめがね」装幀原画

本書によれば、茂田井は100冊以上の子供の本の仕事を残している。人気があって、たまに古本目録に出ても高額の本が多い。つい先日届いた東京の目録でも、西秋書店が生誕100年記念小特集をしており、茂田井の著作『三百六十五日の珍旅行』(昭23、講談社)には何と10万も付いていた。『キンダーブック』などはまだ比較的安いので、今後探求したいものだ。現在、存続(※3)が検討されている大阪の国際児童文学館へも一度出かけてみよう。(※2

※2 早速問合わせてみたところ、茂田井関係の本は147件もリストアップされており、さすがである。さらに昨年、茂田井武展も行なったとのこと、知らなかった、残念! 出品本を解説した小冊子がまだあるというので、早速注文して送ってもらった。館が存続に値するのは、これだけでも充分な理由になる。

※3 その後、館が廃止されるという新聞記事を見てがっかりした。児童文学研究者による、館の存続を訴える投書が朝日紙だけでも3回載っていたし、井上ひさし氏も、この館の世界的蒐集を高く評価していたのに……。大阪は文化を大切にしない所なのか!

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