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古書往来
52.福田清人の小説・回想記を読む
─ 第一書房時代を中心に ─

次に、どういう情報で知ったのか忘れてしまったが、宮本企画(編集人、志村有弘)から、かたりべ叢書として出ている文庫判のシリーズの二冊に『近代作家回想記』(平成2年)と『現代作家回想記』(平成4年)があるのを知り、直接注文して送ってもらった。(後に書友、津田氏からも贈っていただいた。)この叢書には他にも和田芳恵や中谷孝雄、八木義徳、島尾敏雄についての回想集などもあり、地味ながらユニークなシリーズだ。

「近代作家回想記」と「現代作家回想記」のカバー
「近代作家回想記」と
「現代作家回想記」のカバー
福田清人像(「近代作家回想記」口絵より)
福田清人像
(「近代作家回想記」口絵より)

これは両書とも、教職員の文芸誌『文芸広場』に長年にわたって連載されたもので、氏が昭和5年頃から知り合い、交流したことのある先輩作家や同時代の作家たちを一項目に二、三人ずつ取り上げ、『近代〜』では61人、『現代〜』では67名について各々の簡潔なプロフィールやエピソードを淡々とした筆致で綴ったものである。ただ前述の『昭和文壇私史』と多少ダブリがあるし、何しろ一項目三人が多くて6〜10頁内に書かれているので、一人の作家のことが詳しく記述されているわけではない。しかし、氏が実際に見聞きしたエピソードばかりなので、解説の板垣信氏によれば各々の作家の「年譜や評伝のブランクを埋める貴重な記録」になっているという。例えば、氏が福岡高校二年のとき、フランス語を教わった石川淳のエピソードは、福岡時代の石川淳を伝える貴重な資料とのことである。


私が連載でも取りあげた矢田津世子も少しだけ出てくる。昭和6年頃、作家や画家の卵たちの親睦会、目白会ができ、二、三十人集まったが、女性は彼女一人だった。自己紹介で「彼女の『不良少女で下落合に住んでおります。遊びにお出下さい』と人を食った挨拶は美貌に似合わぬ大胆さで若い私達に印象づけた。」と記している。隣りにいた画家の卵が「看護婦的美人だな」とつぶやいたのが適評だと印し、「美貌だがどこか冷たく、言葉は誘惑的だが、つけこむとぴしゃりとやり返すような響きがあった。」ともつけ加えている。しかし、これは会場で紅一点の存在で、若いゆえの気負いもあったはずで、後年はそうでもなかったのではないか、と美人びいきの私などは思う。(もっとも坂口安吾も、そんな彼女の一面に苦しんだのかもしれないが)
それよりも、ある程度知られていたものの、改めて驚いた事実がある。矢田と同じ項目中に北畠八穂が取り上げられている。
深田久弥が『改造』の編集者だったとき、懸賞小説に応募して落選した北畠の作を読んで惜しいと思い、彼女に感想を書き送ったのがきっかけで交際が始まり、昭和5年、ついに二人は結婚に至った。福田氏も読んだ阿部光子の「その微笑みの中に」によると、深田のスランプ時代の数々の作品 ─ 「津軽の野づら」が代表的だ ─ はすべて北畠の代筆であったというのだ! 氏もこう証言している。「『津軽の野づら』はそういう噂もあったので、戦後間もない頃、ある文庫に入る時、解説を私が出版社に頼まれたので、念のため北畠に問い合わせたら、「断ってくれ、自分の作だ」といった烈しい内容の返事をもらった。」と。さらに、夫妻が鎌倉に住んでいた頃、深田に愛人ができたが、それは「中村光夫の妹とは大方の友人は知っていた」とも。その人はお茶の水女子大生時代、一高生の噂に上るほどの美人だったらしい(もてる作家は違います!)。私には初耳のエピソードだ。

この二冊にも、第一書房のことが散見される。
まず、東大卒業後、不景気な時代で、第一書房に入れたのは同級だった入江相政(後に皇室侍従長)の間接の紹介によったという。意外な人と人のつながりである。また、堀口大学の項では、「長谷川と堀口さんは友人同志のようでアンドレ・ジードのある翻訳書など、長谷川も熱心に校正し訳文がこなれていないと指摘すると、堀口氏が考え直すということも再三あったことを、私も校正中気づいたことであった。」と証言している。
もう一つ、在社中に荻原朔太郎の『虚妄の正義』の校正を担当したが、著者の独断的な表記や造語に気づいた。推量の「だらう」を「だろう」としたり(当時はその方が見苦しかったそうだ)。スピリスト(精神家?)という独特の英語などである。そこで朔太郎の自宅へ出かけて指摘したが、「あれでよいのだ」と主張してゆずらなかった。「それで同僚の三浦逸雄君と連名で『虚妄の正義』の巻末に、「編集の我々の責任にあらずして著者独断の用法なり」との旨を印刷した。」とある。それには気づかなかったが、私も以前、朔太郎のエッセイ集を読んだ折、独特の表現が多いなあと感じたのを思い出した。
他にも紹介したいエピソードはあるが、長くなるのでこのへんで切り上げよう。

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