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古書往来
13.立原道造と杉浦明平の古本漁り

六月はボーナスを当てこんで全国から毎日、怒涛の如く古本目録が届く。資金のない私は古本屋さんの期待に全く添えないが、それでもごく安い本を探し出して時には注文する。

先日、呉市の古書籍BOXへ500円で注文したのが『作家の手紙とその周辺―堀辰雄・立原道造』(昭和55、東京標準テキスト)である。

これは56頁の小冊子で雑誌付録のような体裁だが、中身は意外と充実している。堀と立原の生涯に沿って、各々が友人、恋人、知人作家に宛てた手紙を紹介し解説しており、年譜入りで写真も多い。

その中ですぐに私の目を引いたのが、昭和9年5月、立原が杉浦に宛てた手紙である。

「作家の手紙とその周辺」表紙
「作家の手紙とその周辺」表紙

「この頃よい本をしきりに手にするミンをうらやみながら。」と書き出し、杉浦が目録で当てた『一握の砂』が届いたら喜んで見に行くので知らせてほしいこと、白木屋の古書展に行ったが、昔のような情熱がわかなかったこと、そしてもっと本があったら自分の目録も作ってみたいことなどを綴り、「ミンよ、いっぺんずっと以前のようにいっしょに古本屋の町を歩きませんか。まだ一度もいっしょに行ったことのない早稲田だの三田だの。いやですか。‥‥」などと古本屋巡りを誘っている。

ちなみに、本書で立原が相当な冗談好きだったエピソードもコラムで紹介されていて、詩人の意外な側面を知った。

「本・そして本」表紙
「本・そして本」表紙

この手紙から、私はすぐ杉浦の「古本屋彷徨」というエッセイを思い出した。(『本・そして本』1986年、筑摩書房)

杉浦はそこで、学生時代からの古本漁りを回想しており、一高・東大で一級下の立原とよく街を歩き回っては明治大正の詩歌集をともに探し求めたという。

「下町育ちの立原は、上野・浅草から池袋や千住や三田、後には大森界隈の古本屋まで知っていて、わたしを案内してくれた」上野では汚い古道具屋のような店に入り、「本棚らしいものはなく、埃っぽく黒くなった床板の上に明治時代の草紙や雑誌が数冊ずつ積んであるきりだが、立原はその中から鴎外の初版本や鏡花の小説を引っぱりだすのがじょうずだった」などと書いている。立原が相当な古本屋通で、古本掘出しの名手だったことが分かる。

さらに大阪人としてうれしいのは、杉浦は東大入学後、大阪から古書目録を送ってもらうようになり、カズオ書店、津田書店、高尾書店から届くのが楽しみだったと回想していることだ。戦前、この三店は目録販売で全国に名が聞こえていた。中でも詩歌書の多いカズオ書店が気に入り、立原にも教えたので、立原も目録でよく注文した。

ある時、高村光太郎の『道程』を注文して杉浦の手に落ちたが、「立原様からも御注文がありましたので、二人でお話し合い下さい」との手紙が同封してあった。立原がすぐ下宿にやってきてゆずってほしいと迫ったが、断ると彼はなきべそをかいたというエピソードを披露している。親友も古本探求の上ではライバルになるものだ。

それにしても、共通の趣味をもった者同士の友情は得がたいもので、立原が手紙で昔の至福の時間を取り戻そうと願う気持もうなづける。立原の全集の日記篇などを参照すれば、杉浦との古本屋巡りの日々がもっと詳しく出てくるかもしれないが、今、そこまで調べる余裕がない。

ただ、もう一つ関連する手持ちの資料として、以前古本祭りで、表紙が欠けた戦前の「四季」(昭和12年7月号)を見つけたことがある。そこに載っている立原の詩的で美しいエッセイ「風信子」はまことに印象深いものだった。

ある年の大晦日、年が更まる頃、学友のKと町々をさまよい歩き、「裏町を歩いているとき、そこには一軒のわびしげに古雑誌などを店先に積んでいる店があった。そこの奥まった棚から」Kが小さな美しい本を見出した。それは<薔薇叢書>と名づけられた翻訳書だった。そこから立原は自分の出したい詩集のイメージを連想し、「ヒアシンス叢書」がひらめき、やがて「風信子叢書」とはっきり形をなしたのである。

そして実際に、私家版詩集『萱草(わすれなぐさ)に寄す』と『暁と夕の詩』が誕生することになる。この二冊は今も愛書家垂涎の希少本だ。立原の詩集が一冊の古本からイメージされたことは感慨深い。

この学友Kが杉浦のことなら、小文の落ちとして最高だが、それは分らない。

「薔薇叢書」
(「植竹書院の研究」より)
「薔薇叢書」
(「植竹書院の研究」より)

この「薔薇叢書」は架空のものではなく、かつて青木義朗氏が「植竹書院の研究」という貴重な評論で詳しく紹介している。

植竹書院に入社した早大英文学科卒の鈴木悦が翻訳部主任となり、片上伸や森田草平の協力を得て、大正4年から出し始めたのが全八編の翻訳叢書である。「菊半裁という小さな本であるが、堅牢な装丁で、後々まで古本として多くの文学青年に愛された」とある。全訳「椿姫」「青い鳥」「ウィリアム・テル」「水の上」などが含まれている。いつの日か私も、実物を一冊でも手に取って見てみたいものである。

※ 私は戦前の大阪の古書目録を目に付けば時折求めている。その中にカズオ書店、津田書店の目録もあったので、書影を掲げておく。これと同じものを杉浦、立原両氏が眺めていたと思うと、一入感慨深いものがある。

カズオ書店目録表紙 部分拡大 津田書店目録表紙 部分拡大
カズオ書店目録表紙 部分拡大 津田書店目録表紙 部分拡大

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