「戦争。 昭和14年、21歳の升田幸三六段は、内地勤務で三年間、軍隊にとられた。内地だから新聞や雑誌がある。だから将棋の研究は続けていた。だが、除隊になって指してみると将棋がまったくダメになっていた。とりもどすのに半年かかった。(中略) ところが、升田、二度目は最前線の南洋ポナペ島へやられた。上陸したとたんに爆撃を食い、命が危ない。精神は緊張し、もう不平も何もない。それに「木村打倒」の執念に燃えてもいた。そして命を拾って復員してきたとき、コマをさわったこともなかったのに、将棋は一回り強くなっていた。ギリギリの精神緊張の集中が、ちょっとやそっとのことでは動揺しないものを植えつけた。」 中平邦彦『棋士・その世界』(講談社)より 時は流れて2017年8月15日、藤井聡太四段(当時)は大阪・関西将棋会館で小林健二九段と王位戦予選で対局し、120手で勝利を収めた。終戦記念日の対局について「平和な時代だからこそ将棋を楽しめるので、非常にありがたいことだと思います」と語った。 死線を超えたから強くなれた、平和だから強くなれた、真逆ながらどちらも真実だ。
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